鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術の質を高めるデバイスなどあるのでしょうか?
今回、ご紹介するのは「細径鉗子」です。 シリーズ第2弾です。
前回の大型モニターの話は、鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術に限った話ではなかったのですが、今回の「細径鉗子」は、鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術の質、特にTEP法で有用なデバイスなので、ご紹介いたします。
そもそも「鉗子」とは?
「細径」鉗子の話をする前に、そもそも「鉗子」とは何ぞや・・・!?ですよね。
「鉗子」とは、腹腔鏡手術を行ううえで、組織をつかんだり、剥がしたり、焼き切ったりするときに使う、長いマジックハンドのような器具です。用途に応じて先端の形が異なり、さまざまな種類のものがあります。右利きの人は、左手で「把持鉗子」という組織を摘まんだり引っ張ったりする鉗子で、術野を展開します。右手は「剥離鉗子」で組織を剥離したり、「ハサミ鉗子」で切ったり、エネルギーデバイスと呼ばれる「超音波メス」で止血をしながら切開したりします。また「持針器」と呼ばれる針を持つための鉗子もあり、針糸をかけて組織を縫合することもあります。他にも「クリップ鉗子」といって血管を結紮するクリップをかけるものあります。
※厳密にいうと、開腹手術だけの頃は「鉗子」は掴む道具の総称で、「ハサミ(剪刀)」や「持針器」などとは区別されていましたが、腹腔鏡手術が始まってから、トロッカーから挿入するものを広義に「鉗子」と呼ぶことが多くなりました。
「鉗子」には太さがある
これらの鉗子の太さは、5mmのものが多いですが、用途に応じて、10mm、8mm、3mm、2mmなど様々な太さのものがあります。当院の鼠径ヘルニアの手術に使っているものは、5mm、3mm、2mmのものになります。一般的に細い鉗子ほど、キズが小さくなります。5mmより小さい径のものは、「細径鉗子」と呼ばれ、キズが治ったときに傷跡が目立たないというメリットがあります。
今回は、鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術の中で、その「細径鉗子」をどうやって使っていくかを解説します。
鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術で、メッシュを使って修復するやり方は、大きく分けて2種類あります。
一つはTAPP法、もう一つは当院で主に行っているTEP法になります。
左手で「展開」、右手で「切る」がTAPPの基本
TAPP法は、腹腔内から腹膜を切開し、腹膜と腹壁の間の層(=腹膜前腔)を剥離して、メッシュを敷くスペースを確保するやり方になります。腹膜を切開する方法は、いろいろあるのですが、一般的に多く行われているTAPP法の腹膜切開は、輪状切開という方法で、ヘルニア嚢の根元で輪状に切開を行う方法になります。離断されたヘルニア嚢は精索に張り付いたまま、鼠径管の奥の方(体表側)に引き込まれて残ります。
このときの手術操作ですが、左手では「把持鉗子」という掴むことを目的とする鉗子を使います。腹膜を牽引して切開したい部分を引っ張ります。この反対側に引っ張る操作を「カウンタートラクション」といって、手術手技の基本操作になります。右手は「剥離鉗子」という剥がす作業を行う鉗子や「超音波メス」「ハサミ鉗子」などの切離する鉗子を用います。
カウンタートラクションをかけることで、切離離するラインが膜状にピンと張っていますので、その切離するラインを「超音波メス」や「ハサミ鉗子」で切開していきます。鉗子には電極が装着されているので、切開部分に電気を流しながら切ることができます。電気を流しながら切る理由は、主に止血効果を高めるためです。TAPPの基本操作では、左手の把持鉗子でカウンタートラクションをかけて、右手のハサミ鉗子、電気メス、超音波メスで、組織を切っていくことで、鼠径ヘルニアを治すために挿入するメッシュのスペースを作ります。例えが難しいのですが、腹膜を引っ張りながら、その裏側を剥離することになるため、隣の部屋からのれん越しに操作するようなイメージでしょうか。
TEPは左右の鉗子を細かく持ち替えて剥がしていく
では、TEP法は何が違うのでしょうか?体内に腹腔鏡を入れる段階で、腹腔内には入らず、腹膜前腔にカメラを挿入します。最初から、腹膜前腔が広く展開されるのです。腹膜と腹壁は、疎な結合組織でくっついているため、カメラを入れて炭酸ガスを注入するだけで、かなりのスペースが広がります。腹腔内にガスを注入することを「気腹」というのに対し、腹膜前腔にガスを注入することを「気嚢」といいます。TEP法では「気嚢」自体が、カウンタートラクションのような役割を果たしてくれるので、TAPP法のように常に左手の鉗子で腹膜を牽引して術野を展開しなくとも、「気嚢」のガスによって自然に術野が広がるため、左右の2本の鉗子を自由に使えます。TEP法では、この自由に動かせる左右の2本の鉗子で、鼠径管内に入り込んだヘルニア嚢をすべて剥離して引き出していきます。男性の鼠径ヘルニアは、生まれつき精索沿いに腹膜が引き込まれて癒着しているため、この境目の線維状の組織を切って剥がしていくことになります。
「細径」剥離鉗子は摘まむ、切る、焼灼するが1本で可能になる
このときに、入り込んでいる腹膜を左右の鉗子で持ち替えながら、たぐり寄せながら、引き抜いて剥がしていく操作を行います。基本的には、左手は把持鉗子で組織を持ち、右手には剥離鉗子で組織の把持と切開を行います。時には、両手ともに剥離鉗子を使って、両手で細かい操作を行うときもあります。左手と右手で交互に組織を引きながら、右手の剥離鉗子の電極に電気メスをつなげることで、通電させて境目の結合織を切っていくのです。組織を摘まむ操作や切る操作を行うときに、有利になるのが、この「細径鉗子」である3㎜剥離鉗子なのです。
繊細な操作になるほど「細径鉗子」の良さが生きてくる
実は以前は、右手の剥離鉗子は5㎜のものを使っていました。もちろん5㎜のものでも電気メスをつなげることで、摘まんだり、焼き切ったりする操作はできます。しかし、剥離鉗子に電気を流すとき、先端の金属部分全体に電気が流れるため、思いもよらぬ場所に鉗子が当たり通電してしまう可能性があるので、摘まんでいる先端以外は組織に当たらないように気を付けて、慎重に操作をします。しかし、狭いところや細かいところの操作になるほど、鉗子の金属部分を他の組織に当てないようにするのが、難しくなることがあります。こういうときに、3㎜の剥離鉗子が非常に役立つのです。3㎜剥離鉗子の先端の金属部分の長さは、5㎜のものの60%になるので、鉗子を最大に開いた時の面積は、5㎜のものの36%になります。開いた時の面積が小さくなるため、他の組織に当たる可能性が低くなり、スムーズで質の高い手術操作に繋がります。
また3㎜剥離鉗子のメリットは他にもあります。組織を摘まんだ状態で電気を流し、組織を焼いて止血を行うのですが、3㎜剥離鉗子だと組織をより小さく摘まめるので、電気を流した時に組織に瞬時にエネルギーが流れます。通電させる面積と流れる電気のエネルギーは、小さくなるほど点状に集中します。5㎜鉗子で摘まんで焼くよりも、短時間の通電で、ピンポイントに電気が流せるのです。
「細径鉗子」のデメリットは?
繊細な操作ができる反面、華奢で壊れやすい
良いことだらけのように聞こえてきますが、3㎜鉗子のデメリットは何でしょうか。3点あります。
1点目は、鉗子が華奢なため、通常の鉗子よりも寿命が短く、壊れやすいのです。
このデメリットを克服するには、繊細な操作をするときは3㎜剥離鉗子、ある程度の力で牽引するときは5㎜剥離鉗子、と使い分けをすることで、寿命を延ばすことができます。3㎜剥離鉗子は、摘まんだり、切ったり、引っ張ったりと、いろいろな役割を果たして便利な道具ではあるのですが、使う場面によって、道具を替えることも大事になります。
ピンポイントに力がかかるため、組織を痛めやすい
2点目は、把持している力がとても強くなります。ハンドルで掴んだ力は、てこの原理で増幅されて、そのまま先端の把持部分に力がかかるため、同じ力でハンドルをつかんでも、先端の小さい3㎜鉗子の把持部の力は強力になります。同じ力で握っても、先端にかかる力が大きくなるため、組織を挫滅させる可能性が上がりのです。そのため、3㎜鉗子用のハンドルは、5㎜鉗子用のハンドルよりも小さいものが使われていて、てこの原理を小さくしています。組織を挫滅させないように軽い力で柔らかく掴むことが大事になります。
トロッカーの隙間から炭酸ガスが漏れやすいが・・・
3点目はトロッカーから、ガスが漏れやすく、膨らませて広げている視野が不安定になることです。実は、この3㎜剥離鉗子は、5㎜鉗子用のトロッカーを通して、腹膜前腔の操作を行います。そのため、少しの隙間ができて、膨らませている炭酸ガスが漏れやすくなります。トロッカーとは、腹腔鏡手術の際に使用する筒状の道具で、腹壁を貫いて挿入することで、鉗子やカメラの出し入れをしたり、ガーゼやメッシュなどを入れたりすることができます。通常は、5㎜鉗子には5㎜のトロッカー、3㎜鉗子には3㎜のトロッカーを挿入します。
5㎜トロッカーを使う理由は、3㎜鉗子も5㎜鉗子も使いたいからです。3㎜鉗子は便利な道具ですが、すべての種類がそろっている訳ではないのです。5㎜鉗子しかないものは、持針器、超音波メス、止血用クリップ鉗子があります。これらの道具は、3㎜のものがないため、利き手である右手で操作するトロッカーは、5㎜のものが必要になるのです。しかし、隙間が広がる分だけ、炭酸ガスが漏れやすくなり、「気嚢」が不安定になります。トロッカーにつけるゴム製のキャップを隙間の狭いものを使って対応することで、「気嚢」漏れを最小限にしています。
実は最近、この「気嚢」漏れ対策に、新たなデバイスを投入しました。
炭酸ガスを送り込む器械を高性能のものに替えたのです。これにより、さらに「気嚢」が安定しました。
この高性能気腹装置とは・・・
CONMED社のAirSealです。
AirSealの詳細については、シリーズの第3弾として、近いうちにレビューします。
この記事を書いたのは…
2002年山梨医科大学卒業。2008年長野市民病院でTEP法をみて衝撃を受ける。以来、鼠径ヘルニアの理想的な治療はTEP法だと確信して手技の研鑽を積む。2017年8月の開院から全ての手術を執刀。「初診から術後経過まで、執刀した外科医が責任を持って診るべし」が信条。好きな言葉は『創意工夫』