腹腔鏡手術の”要”である、腹腔鏡カメラについてのお話です。
現在、当院で使用しているモデルは、OLYMPUS VISERA 4K UHD という解像度が4Kのものを使用しています。
2015年に新発売したモデルで、当院では2017年8月の開院時から使用し、まだまだ現役で、毎日、手術室で稼働しております。
しかし、2022年12月に後継モデルが登場したため、その進化を体感するべく、新製品、 VISERA ELITE Ⅲ (上の写真)のデモを行いました。
新型は4K、3D、IR機能が一つのユニットで対応できる
VISERA ELITE Ⅲは、4Kカメラ、3Dカメラ、IR蛍光観察が1台のコントロールユニットで運用できるシステムになっています。4Kの前モデルであるVISERA 4K UHDと、3DとIR蛍光観察ができるVISERA ELITE Ⅱの2台の機能を1台に凝縮させたモデルです。この1台で4Kから3D、さらにIR蛍光観察ができることが最大の特徴です。しかし、当院では、3D機能とIR蛍光観察機能は使用しませんので、4Kカメラの性能がどれだけ向上しているかが導入のカギとなります。
4Kカメラ自体の画質の向上はあるのか?
カタログスペックでの比較です。
当院使用モデル
VISERA 4K UHD 2015年12月発売 |
新モデル
VISERA ELITE Ⅲ 2022年12月発売 |
|
解像度 | 3860x2160 | 3860x2160 |
フレームレート | 59.94fps | 59.94fps |
ビット深度 | 10bit 4:2:2 | 10bit 4:2:2 |
色域 | BT.2020(※) | BT.2020 |
輝度 | SDR | HDR(HLG) |
出力端子 | Quad-link 3G-SDI 2系統 | 12G-SDI 2系統
Quad-link 3G-SDI 1系統 |
カメラヘッド | 280g
通常のauto focus |
270g
持続auto focus |
光源 | キセノンランプ | LEDランプ |
カタログ上では、輝度がHDR(HLG)に対応した以外は、新旧モデルで大きな性能の違いはありません。
カメラヘッドは、10gの軽量化と持続オートフォーカスが採用されています。一般的に、4Kカメラは画素数が多く綺麗に映ることがメリットですが、焦点深度が浅いためピントが外れやすいことがデメリットです。この弱点を改善したのが、持続オートフォーカス機能です。画面中央に常にピントを合わせ続けることで、ボケのないクリアな映像をキープできます。実際に目視することができない腹腔鏡手術では、とても魅力がある機能です。
LED光源となり大幅に光量アップ
また光源ユニットが、旧モデルではキセノンランプだったのに対し、新モデルではLEDランプになりました。やや赤みを帯びた光で、見た目でも光量が増した感じがしました。
実際にデモをして見ると・・・
2023年7月に1度目のデモ
7月中旬に1度目のデモを行いました。
映像が映し出されて、まず感じたことは、
発色が鮮やかになった・・・のですが、なぜか違和感がありました。
全体のバランスは、綺麗に映っているというよりは、個々の色が主張しすぎていて、かえって見づらくなった気がしました。発色がかなり鮮やかになった影響で、かえって色が見づらくなることがあるのか、と考えましたが、「これはカタログスペックの輝度の差だけではないな」と直感的に思いました。新モデルについているHDR(HLG)機能をオフにしたところ、発色の鮮やかさは変わらず、明るさが若干変化しただけであったので、やはり原因はHDR(HLG)機能の差ではないと感じました。
期待したほどの画像ではなく、原因はわからない
このときモニターは3系統出力しています。オリンパスから借りた純正モニターLMD-XH320ST、当院の大型有機ELテレビSONY A90J、録画用モニターNINJA V+の3つに映像が映し出されます。新モデル(VISERA ELITE Ⅲ)は大型モニターとの相性は特に悪く感じました。オリンパス純正のモニターは、発色が鮮やかになってはいますが、比較的綺麗に見えてはいたので、「これはただ単に慣れの問題かもしれない」ということで、3日間のデモが終わりました。
前回のブログで予告していた課題というのは、
課題① 新モデルは、純正モニターが鮮やかすぎる
課題② 当院の大型モニターで、きちんと色が表現されず色合いが非常に見にくい
の2点だったのです。
課題①では、カタログスペックによると、新旧モデルでの差は、解像度・フレームレート・ビット深度・色域までが同じで、輝度がSDRからHDR(HLG)になっただけの違いです。新旧モデルで輝度だけではない、明らかなに色合いに差を感じます。本体の映像処理のプロセッサーが進化したからなのでしょうか。それでは腑に落ちない違和感が残りました。
課題②は、「素直に純正品を使えばいいじゃないの」といわれてしまうかもしれませんが、大型モニターのメリットが大きいため、ワンサイズ小さい純正品には戻れません。課題②の克服こそが、新モデルを導入するかどうかの決め手になります。大型モニターでうまく映らなければ採用しない、ということが明確になりました。
2023年10月に2度目のデモ
この課題をクリアするために、10月下旬に2回目のデモを行いました。今度は7日間のデモです。
ただし、同じことをやってもダメなので、対策を立て臨みます。
新モデル(VISERA ELITE Ⅲ)の出力端子は、12G-SDIとQuad-link 3G-SDIの2種類あります。
前回のデモでは、純正モニターは12G-SDIで接続、大型モニターへの出力は当院の現環境に準じて、Quad-link 3G-SDIを使用して、HDMIに変換していました。
今回は、大型モニターへの出力をQuad-link 3G-SDI経由ではなく、12G-SDIからHDMIに直接、変換してみます。
純正モニターとの接続は、前回と同様に12G-SDIを使用し、こちらは変更なしです。
また、出力された信号を検証するために、解析機器を使います。
それが、AJA ColorBox です。
入力信号を解析して、輝度や色域を変換できる高性能な機器です。しかも12G-SDIの信号を直接入力することができ、12G-SDIとHDMIの2系統で出力されるため、今回の検証にはうってつけになります。
Color Boxを当院の旧モデル(VISERA 4K UHD)にQuad-link 3G-SDIで接続すると・・・
出てきた信号は、色域BT.709、輝度SDR ?!!!
次に、新モデル(VISERA ELITE Ⅲ)に接続すると・・・
12G-SDI接続では、色域BT.2020、輝度HDR(HLG)
Quad-link 3G-SDIで接続では、色域BT.709、輝度SDR !!!
原因はQuad-link 3G-SDI接続だった
つまり、Quad-link 3G-SDI接続では、新旧モデルともに、実は色域がBT.709しか出ていなかったのです。(最初の表の※)
もちろん、Quad-link 3G-SDI接続でも、色域BT.2020を映し出すことはできます。SMPTE 425 Mという規格を満たしていれば、色域BT.2020や輝度HDR(HLG、PQの両方とも)の信号を出力することはできるのです。今回のデモで、新旧モデルともにQuad-link 3G-SDIでは、色域BT.2020が出ていなかった原因は、OLYMPUSのQuad-link 3G-SDIがSMPTE 425 Mの規格を満たしていないことが理由だったのです。
4Kカメラからの映像は、カメラレンズから得た光をイメージセンサーに送って処理されます。イメージセンサーで取得した情報(解像度、色域、輝度)がモニターに出力されて、人間の目で見ることができるようになります。
初回のデモでは、新モデル(VISERA ELITE Ⅲ)は、オリンパスの純正モニターでは12G-SDI接続されていたため、取得した情報(4K、BT.2020、HDR)をそのまま出力できていたのです。そのため、BT.2020で映し出されていた純正モニターの映像は、(見慣れていないためか)鮮やかさが気になった訳です。しかし、Quad-link 3G-SDI接続の大型モニターでは、イメージセンサーで取得した情報が4K、BT.2020、HDRにもかかわらず、Quad-link 3G-SDIに出力する段階でBT.709、SDRに強制的に変換していたため、色彩のバラバラ感が強く出ていたのです。これこそが、最初のデモのときに大型モニターで映し出された映像が、新モデルなのに綺麗でないと感じた理由だったのです。(課題②の答えです)
一方で、旧モデル(VISERA 4K UHD)は、そもそも4Kカメラからイメージセンサーで取得した情報が4K、BT.709、SDRであるため、モニターでは違和感のないBT.709映像が表現されていた訳です。解像度こそ4Kできめ細かい画像が出力されていたのですが、色域はBT.709とフルハイビジョン規格相当だったのです。開院前に勤めていた施設で使っていたカメラは、10㎜カメラで解像度1920x1080、色域BT.709のスペックでした。開院してVISERA 4K UHDを使い始めた時、解像度3840×2160、色域BT.709のスペックでも、解像度が4倍になっていたため、画像がきめ細かく綺麗に感じたのですが、色域に関しては、前々モデルと差がなかったため、違和感を抱かずにBT.709の映像を見れていたのです。
今回の新モデルを使ってみて初めて色域BT.2020の映像を初めて体験し、その色の鮮やかさを強く感じることができました。前モデルのVISERA 4K UHDが色域BT.2020というカタログスペックを満たしていなかったため、初めてBT.2020の鮮やかな映像を目の当たりにしたことが、違和感の正体だったのです。(課題①の答えです)
原因は解明できたが、モヤモヤが残る
原因は解明できましたが、旧モデル(VISERA 4K UHD)がカタログスペックを満たさないBT.709しか出力されていないことがわかり、ショックを受けています。画素数は4Kで細かくなって綺麗なのですが、色域がフルハイビジョンと同等だったのかと思うと、少し残念な気持ちになりました。
新モデル(VISERA ELITE Ⅲ)では、12G-SDIからHDMIで変換することで、大型モニターでも映像を綺麗に映し出すことに成功しました。導入の障壁であった課題は見事にクリアできたわけです。
しかし・・・、
現時点で、このまま新モデルをすぐに採用する気分にはなれません。
旧モデル(VISERA 4K UHD)がカタログスペック通りのBT.2020の信号を出すことができるのかは、現在、オリンパスに確認中ですが・・・、販売が終了しているモデルなので、厳しいかもしれません。(2024.1.29追記 オリンパスから回答をいただきました。)
今回のデモで得た教訓は、道具は実際に使ってみないとわからない、という当たり前のことでした。
- カタログスペックを過信せず、実際に使ってみて判断すること
- メーカー推奨の組み合わせは、時として問題が隠れてしまうこと
- 測定器などを使用し、客観的な判断基準を参考にすること
が大事なのだとわかりました。
他社の腹腔鏡カメラも新モデルの発売が控えているので、実際に使ってみて、手術の質の向上につながるものを採用したいと思います。
この記事を書いたのは…
2002年山梨医科大学卒業。2008年長野市民病院でTEP法をみて衝撃を受ける。以来、鼠径ヘルニアの理想的な治療はTEP法だと確信して手技の研鑽を積む。2017年8月の開院から全ての手術を執刀。「初診から術後経過まで、執刀した外科医が責任を持って診るべし」が信条。好きな言葉は『創意工夫』