Contents
質の高い腹腔鏡手術を行うために…
質の高い腹腔鏡手術を行うために必要なことは何でしょうか?
術者の経験、技量、解剖学的知識は当然のことながら、そのうえで使う道具でも大きく結果が左右されます。
痛みが少ない日帰り手術を実現するには、精度の高い手術を行うことが一番重要になります。
高性能な器械を使用することは、精度の高い手術を行うために必要になってくるのです。
外科医の目となる『腹腔鏡カメラ』『大型モニター』
外科医の指先となる『細径鉗子』
術野を見やすく保つ『気腹・排煙装置』
『腹腔鏡カメラ』、『大型モニター』、『細径鉗子』については、以前にこのブログで紹介いたしましたが、
今回は、地味ながらも絶大に効果を発揮する『気腹・排煙装置』を紹介します。
高性能 気腹排煙装置 『AirSeal』の導入
当院では、昨年の夏に気腹・排煙装置であるCONMED社の AirSeal を導入しました。
AirSeal の大きな特徴は、腹腔内の圧を適切に保ち、クリーンな視界を確保する器械です。
腹腔鏡手術は、お腹の中に炭酸ガスを入れて膨らまして『空間』を作り、その『空間』の中で手術を行います。
この『空間』を作るために、炭酸ガスを送り込むことを『気腹』といい、その器械が『気腹装置』なのです。
炭酸ガスを使う理由は、不燃性ガスであり、血液中に速やかに吸収されることが挙げれらます。手術操作の中では電気メスなどの火花が出る器械を使いますので、可燃性ガスでは引火してしまうからです。また血液に吸収された炭酸ガスは、肺胞で酸素とガス交換されて、呼気として体外に排出されるので、人体にとっては安全性の高いガスなのです。全身麻酔管理中は、呼気中の炭酸ガス濃度をモニタリングして、換気の状況を確認しています。
炭酸ガスを送り込むだけなのに、そんなに差が出るのか、といわれてしまいそうですが、結論から言えば、大きな差が出ます。
高性能気腹装置のメリットは2つあります。
①大型コンプレッサーでの速やかな炭酸ガスの供給
②腹腔内圧をリアルタイムで検知することで、安定した腹腔内圧の確保
この2つの機能を高次元で実現したのが、 AirSeal なのです。
一般的な気腹器との違いは?
一般的なOLYMPUSの気腹器と比べると、AirSeal は大型コンプレッサーを搭載しているため、筐体はかなり大きくなります。さらにリアルタイムでの腹腔内圧感知を行い、大型コンプレッサーが瞬時に適切な圧で炭酸ガスを供給してくれます。
たとえばトロッカーのバルブが開いてガスが漏れた時などは、通常の気腹器は腹腔内圧の感知して炭酸ガスが送気されるまで数秒程度かかるので、ガスが漏れて腹腔内圧が下がり、『空間』が狭くなって手術がやりづらいと感じたタイミングでガス供給が行われるため、膨らむまでのタイムラグが生じるのです。また『空間』が狭くなる時に、運悪く、カメラ先端部が周りの組織に触れてしまうと、カメラが汚れて視界が悪くなり、カメラを抜いて拭く操作が必要になります。腹腔内圧の急激な減少は、円滑な手術の進行の妨げになるのです。
これが AirSeal を使用すると、ガスが漏れて減圧が発生したタイミングを瞬時に感知して、大型コンプレッサーで速やかなガス供給が行われているので、『空間』が保たれて、手術が滞りなく継続できます。速やかな腹腔内圧のコントロール、これこそが当院で、 AirSeal を導入した最大の理由です。
気腹性能だけではない『AirSeal』の本来の機能
実は、 AirSeal の機能はこれだけではないのです。
AirSeal の送気モードでの圧コントロールでも、十分に術野が確保できるのですが、
専用トロッカーと専用フィルターを使って、炭酸ガスを循環させる機能があるのです。むしろ、こちらが本来の使い方です。
AirSealには3つのモードがあります。専用トロッカーと専用フィルターを使用する『AirSealモード』、トロッカーは汎用で専用フィルターを使用する『Smoke Evacuationモード』、送気の圧コントロールを行う『Standard Insufflationモード』です。このブログでは、便宜的に『AirSealモード』と『Smoke Evacuationモード』を循環モード、『Standard Insufflationモード』を送気モードとしています。
電気メスや超音波凝固メスで組織を焼灼すると、サージカルスモークが発生します。サージカルスモークが発生すると、術野が曇って見えにくくなるだけでなく、サージカルスモークの中には、たばこの煙のように有害な物質を含んでいるのです。この有害な煙を除去するために、フィルターを通す必要があります。 AirSeal は炭酸ガスを循環させて、専用フィルターを通すことで、このサージカルスモークを吸着し、炭酸ガスのみを体内に戻すことができるので、有害な煙を除去するだけでなく、曇った視野をクリアにできるのです。
サージカルスモークとは?
サージカルスモークは、近年、有害性とその対策が注目されており、諸外国では、高性能フィルターでの吸着を義務付けている国や州が増えつつあります。日本では、複数の外科系学会からの提言がでていますが、法整備までの目途はたっていないのが現状です。しかしながら、2020年以降は新型コロナウイルス感染症の対策として、高性能フィルターを導入する病院が少しずつ増え、結果的にサージカルスモークの対策となっているのです。
AirSeal の循環モードでは、吸引と送気機能が一体になっているため、腹腔内圧のコントールの精度がさらに上昇します。しかし、体内に炭酸ガスを戻すため、使い捨ての専用フィルターが必要になります。
腹腔鏡での鼠径ヘルニア手術では、送気している時間が30-40分程度と短い時間のため、AirSeal の循環モードを使用しなくても手術は可能です。
そもそも AirSeal 自体、ロボット手術の導入に伴って普及した器械なので、最高の環境を整えられる大病院では、AirSeal を持っている施設が多いのですが、30-40分の短い気腹時間の鼠径ヘルニア手術で、ましてやクリニックレベルで導入することなど有り得ない、高性能すぎる器械なのです。
しかし、リアルタイムでの気腹圧のコントロール、サージカルスモークの除去できるの機能は、クリアな視界を確保し、質の高い手術を行うために必要です。
この悩みを解決したのが、I.C.Medical社の Cristal Vision 450D との併用です。
『AirSeal』と『Cristal Vision 450D』 の併用効果は?
実は、当院では、 AirSeal 導入前から、サージカルスモークを吸着する Crystal Vision 450D を使用しておりました。電気メスなどのサージカルスモークを発生する機器を使用するときに、電気メスに流れる電流を検知し一定時間連動して自動排煙を行う装置、それが Cristal Vision 450D です。これにより、サージカルスモークが発生するタイミングで腹腔内の吸引ができるので、クリアな視野が保たれていたのですが、吸引することで、急激に減圧が行われるので『空間』が狭くなるのが難点でした。それを補うための AirSeal の送気モードだったのです。
AirSeal も Crystal Vision 450D も吸引したサージカルスモークは、ULPAフィルターを通して有害物質を含む微粒子が吸着されます。ULPAとは、Ultra Low Penetration Air Filterの略で、0.15μmの粒子に対して、99.9995%以上の捕集力を持つフィルターの規格です。空気清浄機などに装着されているHEPAフィルター(High Efficiency Particulate Air Filter)とよく比較されるのですが、HEPAフィルターは0.3μmの粒子を99.97%除去できる能力ですので、ULPAフィルターの方がさらに有害な微粒子を除去する能力が高いのです。
AirSeal 導入により、
通常の短時間の手術は、 AirSeal の送気モードと Cristal Vision 450D でのサージカルスモーク除去を行います。
長時間の気腹が予想される手術では、
AirSeal の循環モードと Cristal Vision 450D で、サージカルスモーク除去はダブルで行います。
困難な症例でもクリアな視界を保つことで、質の高い手術が可能になる
巨大な鼠径ヘルニア、肥満症例、再発症例、前立腺癌術後症例などを含む両側同時の手術は、気腹時間が60分を超えてしまうので、 AirSeal の循環モードと Cristal Vision 450D のサージカルスモーク除去することで、長時間の手術でもクリアな視界が保たれます。 AirSeal の循環モードだけでも十分にクリアな視界になりますが、これに Crystal Vision 450D が加わることで、さらにクリアな視界が実現します。
何とも贅沢な鼠径ヘルニアの手術といわれてしまいそうですが、サージカルスモークが除去されて、曇りがなく、ひらけた『空間』で行う手術は、ストレスを感じることなく、快適そのものです。
地味ながらも絶大な効果を発揮する、と冒頭で紹介しましたが、
高性能の気腹・排煙装置は、煙を吸って術野をクリアにし、『ひらけた空間』を維持してくれます。
働いていたことを悟られないで手術が終わってしまう、まさに目に見えない活躍をしてくれているのが、この AirSeal と Cristal Vision 450D なのです。
当院では、
『外科医の目』である高性能4Kカメラ・大型モニター
『繊細な指先』である3mm細径鉗子
『クリアでひらけた空間』を作り出す気腹・排煙装置
この3つのこだわりの器械で手術を行っています。
病院勤めの時は、なかなかここまで器械を揃えてもらうことができなかったのですが、
当院は、外科医が自分の理想とする手術をするために開いたクリニックですので、設備面でも妥協なく追求することができます。
これこそが、院長が自ら手術を行っている日帰りクリニックの最大のメリットです。
この記事を書いたのは…
2002年山梨医科大学卒業。2008年長野市民病院でTEP法をみて衝撃を受ける。以来、鼠径ヘルニアの理想的な治療はTEP法だと確信して手技の研鑽を積む。2017年8月の開院から全ての手術を執刀。「初診から術後経過まで、執刀した外科医が責任を持って診るべし」が信条。好きな言葉は『創意工夫』