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手術件数の数え方 腹腔鏡?鼠径部切開?ハイブリッド?

[2024.05.27]

今回は、手術件数の数え方の話です。

 

数え方も何も、1件は1件であることは間違いないのですが、それが腹腔鏡なのか、鼠径部切開法なのか、片側なのか、両側なのかで、微妙にズレが生じるのです。
例えば、当院で手術件数の登録や報告をしているのは、
 
日本外科学会のNational Clinical Database(NCD)
日本内視鏡外科学会のアンケート調査
神奈川県ヘルニア研究会
 
の3つの団体に登録、報告をしています。
鼠径ヘルニアの術式は最終的にどの方法で手術を終えたのか、で決まります。腹腔鏡で始めても鼠径部切開法に移行した場合は、鼠径部切開法でのカウントになります。手術の術式のカウントは、原則的にこのルールに従っています。
 
面白いのは手術件数の数え方です。一度の手術で同時に両側を行った場合、通常は1例と数えます。これは異論のないところだと思います。しかし、神奈川県ヘルニア研究会への登録は、ヘルニアを治した数を重要視しているので、両側手術は2例とカウントします。もちろん片側手術がどちら側であるか、両側同時手術かを報告する項目もありますので、結果的に正確な手術件数を報告していることと同じになるのですが、何を重要視しているかで、最初に問われる数字が変わってくるのが面白いところです。2023年の当院での手術件数は528件だったのですが、そのうち両側手術は68件だったので、ヘルニアを治した数は596件になります。紛らわしいので、論文などでは、528例596側と表現することもあります。
 
 
 
さらに紛らわしいのが、DPCデータを利用した疾患別の治療数、手術件数です。
 
DPCとは、Dignosis Procedure Combinationの略で、2003年度に特定機能病院から試験的に導入された、診断群分類に基づく1日当たりの包括支払い制度のことです。入院医療費は、包括算定部分と出来高算定部分から合算されます。医師・看護師などの医療スタッフの数や手術室・集中治療室の設備、画像や病理診断など、高度な医療水準を維持している病院が参加することができます。
 
DPCデータは、厚労省から公開されているので、そのデータを独自にまとめている caloo病院情報局QLIFE などのサイトで見ることができます。全国のDPC病院での実データを、calooなどの各団体が統計処理して、見やすいサイトにして公開しています。DPC病院のデータしか集計されていないので、DPCに参加できない中小の病院やクリニックのデータは含まれません。当然のことながら、当院のデータもこの中には入っておりません。
DPCデータの公開は少し遅れるので、calooや病院情報局やQLIFEでのデータは、1~2年前のものになります。独自にデータをまとめているので、期間が1月から12月だったり、4月から翌年3月までだったりと、サイトごとに異なります。ここまでは、鼠径ヘルニアだけに限らないDPCデータを利用したサイトの共通の特徴になります。
 
では、鼠径ヘルニアに限った話があるのでは?
と、思った方は、なかなか着眼点が鋭いです。
 
実は、このDPCデータというのは、保険請求に伴った会計データに過ぎないのです。もちろん治療した数、手術を行った数は、当然、このデータでわかります。しかし、実際の手術がどうだったのか、本当のところまではわからないのです。
前述の学会、研究会への登録は、腹腔鏡手術の件数は、最終的に腹腔鏡で手術が終わった場合は腹腔鏡手術として登録され、腹腔鏡で始めたけど鼠径部切開法に移行した場合は鼠径部切開法での登録になります。しかし、保険請求では腹腔鏡を使った手術は、全て腹腔鏡手術としてカウントされるため、腹腔鏡で完遂できなくても腹腔鏡手術としてカウントされているのです。これが、DPCデータを利用した腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術の件数が、学会方式でのカウントとズレてしまう理由です。そのためなのか、calooなどのサイトでは、以前は、鼠径部切開法と腹腔鏡手術は別でカウントされていたのですが、最近は、鼠径部切開法と腹腔鏡手術を区別せずに、両者の合計が鼠径ヘルニア手術としてカウントされるようになりました。
 
 
 
鼠径ヘルニアの術式の中には、ハイブリッド手術(腹腔鏡下誘導前方切開法)というものがあります。
一般的に鼠径ヘルニアのハイブリッド手術では、腹腔鏡で腹腔内からヘルニア門の観察を行ったのち、鼠径部切開法を行うという術式です。手術の際に用意する腹腔鏡の道具は、トロッカー1本と腹腔鏡カメラと気腹チューブのみで、鉗子などの腹腔内で操作する道具は準備する必要がありません。メリットは腹腔内から観察することで、前方から敷くメッシュの適切な位置を把握して鼠径部切開法のキズを少し小さくできること、デメリットは最終的な術式は鼠径部切開法(3割負担で5万円前後)になるのですが、費用は腹腔鏡手術(3割負担で11万円前後)と同じになります。ハイブリッド手術の適応は、巨大なヘルニアや再発症例のような困難な症例といわれていますが、施設によって適応が異なります。
 
 
 
ハイブリッドの名を冠しながら、学会分類で腹腔鏡手術に分類される術式もあります。以前のブログで学会での女性のヘルニアの話題を出したことがありましたが、その中に出てきた、Hybrid-TAPP という術式です。Hybrid-TAPPは、Nuck管水腫のような鼠径ヘルニアに腫瘤を伴うときに行われる術式で、腹腔鏡操作で腹腔側のNuck管水腫の断端を切離し、鼠径部切開法で体表側からNuck管水腫を摘出し、体表側の切開部分を閉創したのち、ふたたび腹腔内からTAPP操作でメッシュを挿入、腹膜閉鎖をして手術が終わります。この場合、学会方式の分類ではTAPPになるため、通常のハイブリッド手術とは区別するため、Hybrid-TAPPと名付けられています。鼠径部切開で体表の操作、腹腔鏡で腹腔側の剥離操作を行っているので、お互いの長所がうまく生かされています。
 
 
 
DPCデータでの腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術の件数は、見た目上、腹腔鏡手術で完遂したもの、腹腔鏡手術から開腹手術に移行したもの、腹腔鏡は観察のみで鼠径部切開法を行ったもの(ハイブリッド手術)の区別がつかないのです。
そのため、DPCデータでは、実際にその施設がどれぐらいの鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術を完遂できているのかが、わからなくなってしまうのです。
 
ハイブリッド手術の定義は、腹腔鏡での鉗子操作で剥離を行わずに、腹腔鏡観察と鼠径部切開法を組み合わせた手術を指しています。「狭義」のハイブリッド手術はこの解釈で間違いないのです。しかし、腹腔鏡手術から鼠径部切開法に移行した症例、いわゆる「開腹移行」と呼ばれておりますが、この「開腹移行」という言葉を嫌って、開腹移行した症例を「広義」にハイブリッド手術と呼んでいる施設もあるのです。もはやハイブリッド手術とは、いったい何なのか、定義が混沌としています。
 
「開腹手術」というのは、腹腔鏡を使わないで、皮膚・皮下脂肪・筋層・腹膜を切り開き、腹腔内に入って操作をする手術のことを言います。鼠径ヘルニアの手術は、腹壁の隙間から飛び出た腹膜を処理する手術です。飛び出た腹膜をヘルニア嚢と呼んでいますが、このヘルニア嚢を処理するときに腹膜を切開して、一瞬だけ腹腔内に入ることもあるのですが、なぜか鼠径ヘルニア手術は、「開腹手術」と呼ばれることはなく、「鼠径部切開法」と呼ばれています。確かに手術操作のほとんどすべてが、腹膜より体表側で行われているので、鼠径ヘルニアの手術は「開腹手術」の仲間に入れてもらえないのかもしれません。一方、鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術では、腹腔鏡から鼠径部切開法に移行した場合、慣習的に「開腹移行」という言葉が使われていますが、そもそも「開腹手術」の仲間に入れてもらえない鼠径ヘルニア手術で「開腹移行」はないだろう、という考え方もあります。
 
鼠径ヘルニアの手術に限らず、「開腹移行」という言葉は、「腹腔鏡」での手術が継続困難になり、やむなく「開腹手術」に移行することを指します。腹腔鏡手術が継続困難になった理由が、症例の難しさが原因のことも多いのですが、外科医の技術が至らなかったことも一因になるため、「開腹移行」という言葉の響きには、外科医にとって、ある種の敗北感が漂っているのです。
そんな中で登場したのが、鼠径ヘルニアのハイブリッド手術なのです。「狭義のハイブリッド手術」は、「腹腔鏡観察+鼠径部切開法」ですが、腹腔鏡手術が継続困難で「開腹移行」した手術も、バツの悪さが上手く隠れるため、「ハイブリッド手術」と呼ばれだしたのです。これが「広義のハイブリッド手術」の所以です。
 
私個人の考えでは、腹腔鏡を鼠径部の観察目的だけで使用することはないため、「ハイブリッド手術」自体に抵抗感があります。「せっかく腹腔鏡のカメラを使っていて、腹腔鏡手術の代金も頂いているのだから、そのまま、腹腔鏡で手術をやっちゃえばいいのに」と思ってしまうからです。
 
腹腔鏡手術の継続が困難になって、鼠径部切開法に移行したとき、「開腹移行」と呼ぶのか、「ハイブリッド手術」と呼ぶのか、そこには外科医の小さなプライドの葛藤があるのです。私自身は、「ハイブリッド手術」への抵抗感の方が強いため、結局、今まで通りの「開腹移行」という言葉を使っております。こんな言葉選びの一つをとっても、外科医の性格が垣間見えてしまうので、面白いかもしれません。
 
 
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