鼠径ヘルニアを放置していると嵌頓するリスクがある
鼠径ヘルニアを放置すると
- 膨らみが徐々に大きくなる
- 突然の嵌頓のリスクがある
今回は放置している間に運悪く「嵌頓」してしまったケースについて詳しくご説明します。
嵌頓とは、鼠径ヘルニアの中に内臓の臓器が挟まり、締め付けれて血流が滞り、臓器が腐り始める状態です。発生率は0.3~3%、鼠径ヘルニアの膨らみに気づいてから1年以内に起こりやすいと言われ、突然に発生するのが特徴です。挟まれて壊死にいたる臓器は、小腸やS状結腸が多いですが、虫垂や卵巣といった臓器が挟まれることもあります。また胃と横行結腸からカーテンのように臓器を包み込みこんでいる大網という薄い脂肪の膜組織が入り込むことがありますが、大網は血流が豊富なため、入り込んでも血流障害を起こしにくいため、嵌頓に至ることは滅多にありません。蛇足ですが、血流障害を伴わず、痛みが少ない場合の戻らない膨らみは「非還納」と呼び、緊急性はありません。
「戻らない」「すごく痛い」ときは、救急車を呼ぶべし
嵌頓になると、腸管が挟まれて戻らなくなるため、膨らんだまま強い痛みが生じます。血流障害が起こるため、腸が腐り始めるのです。早い段階で解除できれば腐らずに済む場合もあります。そのため、「戻らない」「すごく痛い」というときは、すぐに救急車を呼んで、緊急手術が行える病院に運んでもらうことが先決になります。鼠径ヘルニアがあるのに経過観察しているとき、この知識がないと対応が遅れてしまうことになります。血流障害が発生してから6時間以内に解除すれば、壊死を免れる確率が上がると言われています。
嵌頓して時間が経過していくとどうなるか
「血流障害」と「通過障害」の二つの病態が同時に進行する
嵌頓して、時間が経っていくとどうなるか、2つの病態が同時に進んでいきます
- 腸管の血流障害が進んで腐り始めていく
- 嵌頓部分で腸管の流れがせき止められ腸閉塞の症状が進む
腸の流れが嵌頓部分でせき止められるため、その手前の腸管に内容物が停滞するため、腹部膨満の症状が出始めます。さらに内容物が溜まっていくため、胃が拡張して、嘔吐し始めるのです。この腸閉塞症状がヘルニアの嵌頓した後に進行していく症状なのです。
できるだけ早く、救急車を呼ばなければならない
鼠径ヘルニアが「戻らない」「すごく痛い」という二つの症状が出た場合は、嵌頓している可能性が高いため、できるだけ早く挟まれている腸管を解除する必要があります。もちろん、運が良ければ横になって休んでいるうちに、数十分から1時間程度で膨らみが戻る場合もあるかもしれません。しかし、休んでも戻らなかった場合は、刻々と壊死が進んでいくため、猶予がなくなってしまうのです。だから、「戻らない」「すごく痛い」の2つの症状がそろった場合は、すぐに救急車を呼んで、外科手術が可能な病院に搬送してもらう必要があるのです。
救急車で運ばれた後はどうなる?
救急医、消化器外科医が対応すれば、外来で嵌頓が解除できることもあるが・・・
病院に運ばれると、救急センターの医師あるいは当直の消化器外科医が呼ばれます。消化器外科医は、鼠径ヘルニア嵌頓の解除の仕方を知っています。多少の痛みを伴うことがありますが、嵌頓した腸管の浮腫が強くなければ、腸管を戻せることもあります。しかし、戻せたとしても油断は禁物です。解除されたことで腸管が元に戻ることもありますが、すでに壊死に陥っていた場合は、壊死した腸管が元に戻ることはないため、緊急手術で腐った腸管を切除し、正常な部分で吻合しなおす必要があるのです。また拡張して壊死しかけている腸管に圧をかけて戻すため、戻すときに腸管を損傷するリスクがあります。腸管が腐っていないか、損傷していないかの判断のために、嵌頓を整復できたあとに造影剤を用いたCT検査を行います。救急外来で嵌頓が解除できたとしても、CTを撮る理由はこのためです。
解除できなければ緊急手術になる
嵌頓を解除できなかった場合は、緊急手術で解除することになります。また嵌頓を解除できたとしても、解除後の造影CT検査で腸管壊死や腸管損傷を疑われた場合も緊急手術になります。緊急手術で壊死腸管を切除吻合した場合は、術前の腸閉塞の程度や合併症によっても変わってきますが、おおよそ2週間前後の入院になることが多いです。腸管壊死を伴わず、手術で解除して腸管が元に戻った場合は、入院が短いこともあります。
これらは嵌頓して血流障害が起こってから、どれぐらい時間が経過したかで決まってしまうため、できるだけ早く、嵌頓した腸管を解除することが重要になります。
長い時間、様子を見てしまった場合は?
「もしかしたら、一晩寝れば、よくなるかもしれない」
そう考えて様子を見てしまった人もいるかもしれません。その場合、多くのケースで、腸管が壊死して腸閉塞のため嘔吐を繰り返す症状がでてしまいます。中には腸管が壊死して破けてしまい腹膜炎にまで至るケースもあるのです。腹膜炎は状況によっては致命的になることもあるため、できるだけ早い治療が必要になります。また腸閉塞のため、嘔吐を繰り返すことになり、吐物を詰まらせて誤嚥性肺炎を起こしてしまうと、高齢者では致命傷になりえます。
嵌頓に至る確率は低いですが、嵌頓が起こってしまうと、腹膜炎や誤嚥性肺炎といった事態に進行して致命傷になりかねないため、鼠径ヘルニアは嵌頓を起こす前に早めに治療した方が無難です。
まとめ
- 鼠径ヘルニアを経過観察している場合、嵌頓した時にどうするかを知識として知っておいた方がよい。
- 鼠径部の膨らみが「戻らない」「すごく痛い」場合は、すぐに救急車を呼ぶ。
- 嵌頓は早めに解除できれば、腸管壊死を免れる場合もある。
- 嵌頓した状態で、長い時間が経過すると、腸管壊死、腸閉塞が進行するため、手術が無事に終わっても、入院が長くなることがある。
- 嵌頓のリスクがわずかにあるため、鼠径ヘルニアは無症状でも早めに治してしまうので無難です。