昨年12月の内視鏡外科学会で、『Nuck管水腫』のセッションの司会を担当しました。2年前にも『女性の鼠径ヘルニア』のセッションで担当したテーマですが、今回は特にNuck管水腫の切除に関する演題5題を担当することになり、改めてこの疾患について深く考える機会になりました。
予告してからずいぶん時間が経ってしまいましたが(笑)、今回はこの『Nuck管水腫』について、できるだけわかりやすく解説していきたいと思います。
なるべくイラストを交えて、わかりやすく作りたいと思っていたのですが、それを待っていると、いつまで経っても発信ができないので、イラストは随時、追加していきます。
Nuck管水腫とは?
ざっくり言うと、鼠径部に水が溜まった状態のこと
鼠径部(太ももの付け根)に、水が溜まった腫瘤(水腫)ができて膨らんでいる状態です。大きさは鼠径ヘルニアと同じく、2〜3cm程度のことが多いです。
鼠径ヘルニアは「立つと膨らみ、横になると引っ込む」柔らかい膨らみです。一方のNuck管水腫は、膨らみっぱなしで引っ込むことがありません。また、水が溜まっているため比較的硬い腫瘤として触れることもあります。
では、なぜ鼠径部に水が溜まるのでしょうか。それを説明するには、まず「Nuck管」とは何かを知る必要があります。そしてNuck管を理解するためには、そもそも「なぜ鼠径ヘルニアになるのか」という話から始めなければなりません。
なぜ鼠径ヘルニアになるのか
発生学まで遡る必要がある
鼠径ヘルニアの原因は、発生学と深く関連しています。人間がお腹の中にいた胎児の時期まで遡ります。
胎生期に、男性は精巣が、女性は子宮円靭帯が、鼠径部の隙間(鼠径管)を通って、男性は陰嚢まで、女性は恥骨中央部の皮下まで進んでいきます。もともと鼠径管というトンネル状の隙間がありますが、精巣や子宮円靭帯はここを通って定位置に収まるのです。
しかし、このときに腹膜が引き込まれて一緒に進んでしまうことがあります。引き込まれた腹膜は、通常はごくわずかで、鼠径管の狭い隙間の中で筋状の線維組織になります。この線維状に残った組織のことを、男性では『腹膜鞘状突起』、女性では『Nuck管』と呼んでいます。
発生学まで遡る必要がありますもともとは腹膜から連続する線維状の組織ですが、胎生期の腹膜の引き込まれ方次第では、袋状に飛び出て鼠径管内に残ってしまうことがあります。このポケット状のスペースに腸管が出入りするため、鼠径ヘルニア(外鼠径ヘルニア)の原因になるのです。

「Nuck管」とは何か
胎生期に鼠径管に引き込まれた腹膜が、袋状に残ってしまったもの
男性は精巣という塊の臓器が鼠径管を通るため、鼠径管の幅は1〜2cm程度と比較的広くなっています。一方、女性の子宮円靭帯は細いため、鼠径管の幅は5mm程度と狭いのです。
この違いが、男女の鼠径ヘルニア発生率の差にも関係しています。男性は鼠径管が太く、腹膜が引き込まれやすいため、鼠径ヘルニアの発生率が高くなります。一方、女性は鼠径管の入り口が狭いため、引き込まれた腹膜が途中で閉じてしまうことがあります。
Nuck管に水が溜まると『Nuck管水腫』になる
袋状の組織があると、慢性的な鼠径部への刺激や、体内の水分バランスの変化などによって、徐々に水が溜まってくることがあります。袋状に残ったNuck管に水が溜まったものを『Nuck管水腫』と呼んでいます。
Nuck管水腫は水が溜まるだけなので、自覚症状がないこともあります。しかし、鼠径管という狭いトンネル状のスペースに、パンパンに膨らんだ水腫が挟まっている状態になるため、鼠径部に圧迫感や痛みを感じることもあります。
この圧迫感や痛みを取り除くためには、手術で水腫を切除するしかありません。
鼠径部の水腫=Nuck管水腫とは限らない

CT・触診・エコーでも、Nuck管水腫と診断がつかないことがある
2017年8月の開院から2026年6月末までの期間で、当院でNuck管水腫として切除した135例を振り返ると、術前からNuck管水腫と診断されていたのは105例(77.8%)でした。残りの30例は、術前には診断がついていなかったのです。
この30例の内訳を見ると、CTを撮影したにもかかわらず診断がつかなかったケースが13例、触診・腹部エコーのみで診断がつかなかったケースが17例(2020年以前の症例)でした。
当院では2020年秋ごろまで、診断はガイドライン通りの触診と腹部エコーを中心に行っていました。しかし、触診・エコーでは他の疾患と区別がつきにくいケースが出てきたため、CTをルーチンで撮影するように変更しました。それでも、CTを撮影した上で診断がつかなかったケースが13例あったわけです。
逆に、CTでNuck管水腫と診断されたのに、違う疾患だったこともある
さらに興味深いデータがあります。術前CTでNuck管水腫と診断されて手術を行った128例のうち、CTの診断通りNuck管水腫だったのは105例(82.0%)でした。残りの23例(18.0%)は、実は別の疾患だったのです。
その内訳はこうです。
- 大腿ヘルニアに液体が貯留していたケース:13例(10.2%)
- 外鼠径ヘルニアに液体が貯留していたケース:8例(6.3%)
- 卵巣が嵌入していたケース:2例(1.6%)
つまり、術前のCT検査でNuck管水腫と診断されていた10例に1例が、Nuck管水腫ではなく大腿ヘルニアだったわけです。大腿ヘルニアは鼠径管よりもやや内側・下側にある「大腿輪」という隙間から腸管などが飛び出すヘルニアで、嵌頓(腸が締め付けられる緊急事態)のリスクが鼠径ヘルニアより高い疾患です。なぜCTで区別がつきにくいかというと、大腿ヘルニアの嚢(袋)の中に液体が貯留していると、画像上でNuck管水腫と見分けがつきにくいからです。
鼠径部の水腫は「術前にNuck管水腫と診断されていても違うことがある」「術前に診断がつかなくても実はNuck管水腫のこともある」という、両方向の診断の難しさがあるのです。
だから、術中の腹腔内観察が確定診断になる
当院が採用しているTEP法(完全腹膜外アプローチ)では、手術の開始時と終了時に腹腔内の観察を行っています。臍の部分の腹膜に小さな穴をあけてカメラをお腹の中に入れることで、Nuck管水腫なのか、大腿ヘルニアなのか、それとも別の疾患なのかを術中に確実に確認できます。手術の実際の操作は腹膜の外側で行いますが、観察だけは腹腔内から行うイメージです。
疾患によって対応がこう変わります。
外鼠径ヘルニアに液体貯留していたケースは、通常の外鼠径ヘルニアとして手術できます。水が溜まっていたヘルニア嚢を処理すれば済むため、TEP法でもTAPP法でもどちらでも対応可能です。
大腿ヘルニアに液体貯留していたケースやNuck管水腫は、ヘルニア嚢や水腫を完全切除しなければなりません。ここでTEP法のメリットが発揮されます。腹膜を破かずに後腹膜側から直接アプローチできるため、水腫を破らずに周囲の組織を確認しながら丁寧に剥離・切除することができます。
卵巣が嵌入していたケースでは、後腹膜側に反転した卵巣が鼠径管内に入り込んでいます。このケースでも、腹膜を破かずに卵巣を直接確認しながら剥離できるのがTEP法の強みです。
「CTでNuck管水腫と言われた」という方でも、術前診断と実際の疾患が異なることがあります。また「診断がつかない」と言われた方でも、術中の観察で初めて確定診断できることがあります。こういった場合でも、腹腔内観察を加えたTEP法で確実に対応できるのです。

Nuck管水腫と子宮内膜症の関係
Nuck管水腫を語る上で、子宮内膜症との関係は避けて通れません。
子宮内膜症とは何でしょうか。月経のとき、子宮の内膜(子宮粘膜)が剥がれて体外に出てきます。しかし一部の月経血が卵管を逆流して腹腔内に入り込み、その中に含まれる子宮粘膜が腹膜などに付着・生着してしまうことがあります。これが子宮内膜症の主な原因と考えられています(産婦人科学会:子宮内膜症について)。
ここで大事なポイントがあります。子宮内膜症は良性の病気です。しかし、逆流した月経血が腹腔内に広がることで、その中に含まれる子宮粘膜が、まるで播種(がん細胞が広がるイメージ)のように、さまざまな場所に付着する可能性があるのです。「良性だけど播種のように広がる可能性がある」、これが子宮内膜症の本質です。
付着する場所によって名前が変わります。
- 卵巣に付着・嚢胞化したもの → チョコレート嚢胞
- ダグラス窩など骨盤内腹膜に付着したもの → 骨盤内子宮内膜症
- 鼠径管内のNuck管に関連したもの → 鼠径部子宮内膜症
つまり、Nuck管水腫の中に子宮内膜症が合併していることがあるのです。
なぜNuck管水腫は完全切除が推奨されるのか
Nuck管水腫に子宮内膜症が合併している場合、不完全な切除では再発のリスクが高くなります。また、子宮内膜症自体には癌化のリスクがあります(正常の子宮粘膜にも一定率の癌化リスクがあるため、内膜症=必ず癌になるというわけではありませんが)。
このため、Nuck管水腫は内容液を吸引するだけでは不十分で、水腫を完全に切除することが推奨されています。
なぜNuck管に水が溜まるのか、内膜症組織はどこから来るのか
実は、この点については現時点でも完全には解明されていません。
「閉鎖した空間であるはずのNuck管に、なぜ液体が溜まるのか」「なぜそこから子宮内膜症組織が検出されることがあるのか」——これは外科医として非常に興味深い問いです。
当院では681例の女性鼠径部手術(うちNuck管水腫135例)の経験の中で、術中所見をもとにいくつかの仮説を持っています。この仮説については、現在検証中で、まとまり次第、発表ができればと考えております。
TEP法とTAPP法、何が違うのか
Nuck管水腫の治療では、術式の選択が非常に重要
鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術には、大きく分けてTEP法とTAPP法の2つがあります。どちらも腹腔鏡を使う手術ですが、アプローチの仕方が根本的に異なります。
TEP法(完全腹膜外アプローチ)は、お腹の中(腹腔内)にカメラを入れない手術です。臍の下から腹直筋の裏側にある疎な層に入り、レチウス腔(恥骨の裏側のスペース)を経由して外側に向かって剥離していきます。この経路でヘルニア嚢(腹膜の袋)や精管・精巣動静脈・子宮円靭帯に直接アプローチします。腹膜を切らずに手術ができるため、腸管への影響が少なく、Nuck管水腫のような腹膜の袋を完全切除するのに適しています。

TAPP法(経腹的腹膜前修復法)は、最初から腹腔内にカメラを入れて手術を行います。内鼠径輪の周囲で腹膜を全周性に切開するため、ヘルニア嚢は剥がさずに精索や子宮円靭帯に付着したまま残存させる操作が基本です。通常の鼠径ヘルニアであればこれで問題ありませんが、Nuck管を完全切除しようとすると、この操作では届かないため、鼠径部を別途切開する必要が生じます。

つまり、Nuck管水腫の完全切除という観点では、TEP法の方が構造的に適しているのです。
TEP法の弱点と、TEP派の中の「流派」
ただし、TEP法にも弱点があります。腹腔内にカメラを入れないため、お腹の中の状態が最初はわからないのです。
反対側に気づいていないヘルニアが隠れていることも、Nuck管水腫だと思って手術を始めたら実は大腿ヘルニアだったということも、剥離して到達するまでわかりません。先ほど述べた「CTでNuck管水腫と診断されたのに実は別の疾患だった23例」の問題は、ここに直結しています。
実はTEP法を行う外科医の中にも、この弱点への対応をめぐって大きく2つの流派があります。
「完全腹膜外にこだわるTEP派」は、腹腔内に一切カメラを入れないことを徹底します。わずかな腹膜損傷も許さず、炭酸ガスが腹腔内に流入することさえ避けます。反対側に隠れヘルニアがあっても「発症したときにまた治せばいい」という考え方です。TEP原法の理念を最も純粋に守る流派と言えます。ただし、偶発的な腹膜損傷や、メッシュの展開が不十分でないかの最終確認ができないという弱点は残ります。
私が腹腔内観察を追加するようになった理由
私自身、開院当初は完全腹膜外のTEP原法で手術を行っていました。
しかしあるとき、片側の鼠径ヘルニアを手術した約1か月後に、反対側のヘルニアが発症して、すぐに再手術が必要になった患者さんを経験しました。振り返ると、最初の手術時にすでに反対側に不顕性の(症状が出ていない)ヘルニアが隠れていたと考えられます。腹腔内を観察していれば、最初の手術で両側を一度に治療できたはずでした。
この経験をきっかけに、TEP原法を離れ、腹腔内観察を加える術式に切り替えました。
結果として、Nuck管水腫の診断・治療においてもこの判断は正しかったと確信しています。術前診断がついていなかった30例も、CTで別の疾患と診断されていた23例も、腹腔内観察があったからこそ術中に確定診断をつけながら確実に対応することができました。
当院でのNuck管水腫の治療
当院では開院(2017年8月)からの2026年6月末までの累計で、女性の鼠径部ヘルニアの手術、全681例を私が執刀しています。そのうちNuck管水腫は135例です。
Nuck管水腫の切除では、水腫を破らないように完全に摘出することが最重要です。不完全な切除は再発の原因になります。また、子宮内膜症の合併が疑われる場合は、術後に婦人科での診察・治療をお勧めしています。
鼠径部の膨らみが気になる女性の方、月経周期に合わせて膨らみが変化する・痛みが増す、という方は、Nuck管水腫、あるいは大腿ヘルニアの可能性があります。まずはご相談ください。
この記事を書いたのは…
< 日本外科学会専門医、日本消化器外科学会専門医・指導医 >
2002年山梨医科大学卒業。2008年長野市民病院でTEP法をみて衝撃を受ける。以来、鼠径ヘルニアの理想的な治療はTEP法だと確信して手技の研鑽を積む。2017年8月の開院から全ての手術を執刀。「初診から術後経過まで、執刀した外科医が責任を持って診るべし」が信条。好きな言葉は『創意工夫』


