鼠径ヘルニアの治療を行っているのは、「外科」または「消化器外科」になります。
病院の何科を受診していいのかわからず、男性は「泌尿器科」、女性は「婦人科」を受診することも多いです。
当院でも、最初に受診された「泌尿器科」や「婦人科」から紹介を受けることがよくあります。ですが、
実際に手術を行っているのは、「外科」または「消化器外科」なのです。
なぜ「泌尿器科」ではなく「外科」なのか?
「鼠径ヘルニア」とはどういう病気か? から説明しますと…
腹壁の隙間(鼠径管)を通って、精索や子宮円靱帯が、腹壁を斜めに貫き、男性の精索は陰嚢内に、女性の子宮円靱帯は恥骨の端のあたりに到達します。このときに、内臓を包んでいる薄い膜(腹膜)が、鼠径管に引き込まれてしまい、その飛び出た腹膜のスペース(ヘルニア嚢)に腸が出たり入ったりするのが、「外鼠径ヘルニア」です。(詳細はコチラ)
鼠径部が、膨らんだり引っ込んだりする、というのが、「鼠径ヘルニア」の最大の特徴です。
精巣に繋がる精索沿いに腹膜が引き込まれているのだから、「泌尿器科」で治療すればいいのでは? このように考えるのは、自然な流れだと思います。
では、なぜ「外科」で治療しているのでしょうか。
「外科」で鼠径ヘルニアを診療する理由は2つあります。
① 鼠径ヘルニアは「嵌頓」すると腸管切除を伴う緊急手術になる
鼠径ヘルニアは、放っておくと、時に、「嵌頓」してしまうことがあります。(詳細はコチラ)
嵌頓すると、緊急手術が必要になりますが、嵌り込んでいた腸が、既に腐っていることもしばしばあります。
そうなると、腐った部分の腸を切って、正常な部分でつなぎ合わせる手術が必要になります。腸管を切って繋ぎなおす、この手術を普段、担当しているのが「外科」または「消化器外科」になるのです。
そのため、飛び出た腹膜を処理して、広がった隙間や弱くなった腹壁を補強する手術だとしても、万が一、腸管の切除や修復を伴う手術があるかもしれないということを考えると、「外科」または「消化器外科」が担当するべきだ、となった訳です。
たしかに精索と腹膜は接しているけれど、腹膜までは「外科」、腹膜の外の精索は「泌尿器科」、と境界ができて、住みわけが進んだのだと思います。
② 「外科医」と「泌尿器科医」では、外科医の方が人数が多い
病院ごとの体制によって異なるかもしれませんが、一般的に、病院で勤務している医師の人数は、「外科医」の方が多いです。
日本外科学会の会員数が約4万人、日本泌尿器科学会の会員数が約9千人であることからもわかる通り、絶対数が「外科医」の方が多いため、病院で勤務する医師の数は、当然、「外科医」の方が多くなります。
「鼠径ヘルニア」は一般的な病気で、誰がいつ発生してもおかしくないぐらい、罹患数の多い病気です。
生まれて初めて手術を受けたのが、「鼠径ヘルニア」(あるいは「虫垂炎」)だったという方は、多くいらっしゃいます。
人数の多い「外科」で担当するのが自然な流れだったのです。(すべての外科手術をやっていた昔の大外科時代から、徐々に専門に分かれていき、現代の専門性に基づいた診療科ができてきた歴史的背景が影響しています。)
日本では年間に12万人が鼠径ヘルニアの手術を受けるといわれ、さらに「嵌頓」したときには緊急手術が必要になるため、人数が多い「外科」が担当することになったのだと思います。
この2つこそが、「外科」または「消化器外科」が鼠径ヘルニア(脱腸)を診療する理由なのです。
この記事を書いたのは…
2002年山梨医科大学卒業。2008年長野市民病院でTEP法をみて衝撃を受ける。以来、鼠径ヘルニアの理想的な治療はTEP法だと確信して手技の研鑽を積む。2017年8月の開院から全ての手術を執刀。「初診から術後経過まで、執刀した外科医が責任を持って診るべし」が信条。好きな言葉は『創意工夫』